清水富美加さんの出家騒動に思う「課題の分離」について

こんにちは、日高です。

今回は、清水富美加さんの出家騒動について思うことに書きたいと思います。

まず思うことは、この騒動に対して怒っていいのはこの騒動に巻き込まれた当事者だけだと思います。

清水富美加さんが職場を放棄して、幾つかの作品がお蔵入りになったりしたと言った報道を見ましたが、当然それらの作品に関わった人は怒っていいと思います。

 

ですが、テレビの視聴者や全く関係のない第三者がこの騒動に対してなんだかんだ言うのは、僕は違和感があるのです。

 

 

清水富美加さんは、自分の心に正直に行動したのだと僕は思います。

そして、そこにいいも悪いもないと思っています。

結果的に仕事を飛ばすことになってしまった。

でも彼女は自分の気持を最優先に考えた結果、このような行動を取ったのだと思います。

でも僕の人生には何の影響もありません。

なので、僕にはこの騒動に関して批判も肯定もできる立場にないと思います。

 

彼女の事務所関係者や、ドラマや映画の関係者は当然いろいろな影響を受けます。

代役のキャストを探したり、そもそも作品自体がなくなってしまうものもあるかもしれません。

色々な感情があると思います。

 

余計な仕事が増えた。

大事な作品がなくなってしまった。

現場が混乱して大変な目にあった。

 

これらの感情は関係者一人ひとりのものであるし、誰もそこに口出しをする権利はないと思います。

 

 

 

ワイドショーやネットニュースなどでは、今回の清水富美加さんの行動を「正しい」「正しくない」と言った論調で語るものもあるでしょう。

でもそもそも「正しい」「正しくない」という「絶対的な」基準というものは存在しないと思ってます。

そこには「快」「不快」の感情があるだけです。

 

この騒動に全く関係がないのに「不快感」を感じるのは、彼女が自分の中にある「タブー」を犯しているからなのだと思います。

自分は我慢して守っているのに、それを平気で破るやつがいる。

その感情が自分の中で暴れてるだけなんです。

そしてそれらの感情はその人のものなので、自分で解消するしかないのです。

誰か他人に怒りや不満をぶつけても何も解決しません。

むしろトラブルのもととなることもあると思います。

 

 

今回のこの騒動を受けて、「課題の分離」についてふと思うことがあったので書いてみました。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

ABOUTこの記事をかいた人

本名:日髙 勇太(ひだか ゆうた) 1985年2月17日生まれ。32歳。 2009年…24歳の時に初めて入社した会社で、自らの無価値感・無力感に絶望したことをきっかけに心理学に興味を持ち始める。 その後精神的につぶれてしまい、その会社を退職。 自分は社会不適合者であると、自分を責める日々をしばらく送ることになる。 2017年2月から立花岳志・大塚あやこ夫妻が主催する、ツナゲル・ライフ・インテグレーション(TLI)講座を受講。 これまでの生きづらさ、これからの生き方について学びを深める。 同年6月、岡部明美・立花岳志・大塚あやこのトリプル講師陣による3days湘南ワークショップに参加。 これらの学びの中で、心のことに携わる活動をしていきたいと思うようになる。 現在、心理カウンセラー・ブロガーとしてブログ「アビスの果てに」にて心のこと、思うこと、グルメ情報などを発信しながら、心のことに関わる活動の準備を進めている。