嫌いだから知らない。知らないから余計怖い。

人はある対象を忌み嫌うことによって、その対象のことを知ろうともせず、かえってその恐怖感を募らせる傾向にあるのかもしれない。

 

僕は「怒り」という感情がとても嫌いだった。

怒っている人も苦手だったし、自分の中に怒りの感情が発生することも嫌いだった。

 

先日、とある場面で他人に怒鳴られることがあった。

僕はびっくりしてとっさに謝ったものの、あとから段々と怒りが湧いてきて悶々とした状態になった。

 

僕は誰かの怒りに触れた時、その怒っている人を非難する傾向にあった。

「そんなことで怒らなくてもいいのに」

「怒りを表現するなんて怒りのコントロールを出来ない人なんだな」

などのように。

 

でもある時気が付いた。

僕は「怒り」という感情をあまりにも忌み嫌うあまり、その感情について知ろうとしてこなかったことに。

嫌いだから触れたくない。

触れないからわからない。

わからないからもっと怖くなる。

 

このからくりに気が付いたのだ。

 

なので、「怒り」という感情のことをもっと理解したら、「怒り」に対する嫌悪感もなくなるのではないか?と考えた。

 

「怒り」という感情は二次感情と呼ばれる感情で、その下には「悲しみ」という感情があるという。

その事自体は聞いたことがあったが、今回改めて考えることで自分の中で腑に落ちる感覚があった。

 

ああ、あの怒鳴った人は何らかの原因で悲しかっただけなんだな。

自分の中に怒りが発生するときもただ悲しいだけなんだな。

ということがわかった。

 

このことがわかってからは、「怒り」という感情が自分の中で存在していいものになった。

怒りは誰かに対する攻撃性ではなく、自分を守ろうとする感情なのだなと気が付いた。

 

怒っている人は悲しんでいる人。

そのように考えることで、少しだけ相手に対する思いやりが持てるような気がする。

 

ABOUTこの記事をかいた人

本名:日髙 勇太(ひだか ゆうた) 1985年2月17日生まれ。32歳。 2009年…24歳の時に初めて入社した会社で、自らの無価値感・無力感に絶望したことをきっかけに心理学に興味を持ち始める。 その後精神的につぶれてしまい、その会社を退職。 自分は社会不適合者であると、自分を責める日々をしばらく送ることになる。 2017年2月から立花岳志・大塚あやこ夫妻が主催する、ツナゲル・ライフ・インテグレーション(TLI)講座を受講。 これまでの生きづらさ、これからの生き方について学びを深める。 同年6月、岡部明美・立花岳志・大塚あやこのトリプル講師陣による3days湘南ワークショップに参加。 これらの学びの中で、心のことに携わる活動をしていきたいと思うようになる。 現在、心理カウンセラー・ブロガーとしてブログ「アビスの果てに」にて心のこと、思うこと、グルメ情報などを発信しながら、心のことに関わる活動の準備を進めている。