承認欲求はあっていい

数年前に大流行した本、「嫌われる勇気」。

この本を読んでから、僕は大きな勘違いをしていた。

それは、承認欲求はあってはいけない、というもの。

 

アドラー心理学では承認欲求を否定する

「嫌われる勇気」の中に、「アドラー心理学では他者から承認を求めることを否定する」という箇所がある。

この言葉を文字通り受け取った僕は、「自分の中に承認欲求があってはいけない」と受け取ってしまった。

 

でもこれは、他者からの承認を得ることを最終目的にしてはいけない、という意味なのではないだろうか。

人の中には、ある段階では他者からの承認を求める欲求がどうしても存在するのだ。

 

マズローの欲求段階説

承認欲求があってもいいということを説明するのに、マズローの欲求段階説というものを用いる。

マズローの欲求段階説とは、アブラハム・マズローというアメリカの心理学者が提唱した、人間の欲求を5段階の階層に理論化したものである。

マズローの欲求段階説は以下のような図で説明されることが多い。

 

▲マズローの欲求段階説はこのような図で説明される。

 

承認欲求には2種類ある

承認欲求とは、自分が集団の中で認められ、尊重されることを求める欲求のことである。

この承認欲求には2段階ある。

 

低いレベルの承認欲求は、他者からの尊敬、地位への渇望、名声、利権、注目などを求める欲求である。

高いレベルの承認欲求は、自己尊重感、技術や能力の習得、自己信頼感、自立性などを求める欲求で、他者からの評価というよりも、自己評価・自己尊厳を求める欲求である。

 

アドラー心理学では、この低いレベルの承認欲求でとどまることを否定しているのではないだろうか?

 

欲求は段階的にしか満たすことができない

この欲求段階説は、下から順番にしか、欲求を満たすことができない、とされている。

生理的欲求、つまり食事・睡眠・排泄が危機にさらされているのに、自己実現をしようなんて思えない。

人から認められることを求めてるのに、純粋に利他の心を持つことはできない。

 

順番に自分の心を満たしていくしかないのだ。

だから、人生のある段階では、自分の承認欲求を満たしてあげる必要があるのだ。

承認欲求が満たされれば、自然と自己実現、自己超越の欲求が芽生えてくるのだ。

 

まとめ

僕は自分の中の承認欲求を否定していたので、いつまでたっても承認欲求を満たすことができず、かえって承認欲求を持ち続けるという皮肉な結果になっていた。

でもこれからは、まずは自分の承認欲求を満たしてあげ、それから自己実現、自己超越に進んでいきたいと思っている。

承認欲求を満たしていいのだ、ということがわかってから、僕の心はとても楽になった気がする。

本当は僕の心は承認を求めていたのだから。

 

 

ABOUTこの記事をかいた人

本名:日髙 勇太(ひだか ゆうた) 1985年2月17日生まれ。32歳。 2009年…24歳の時に初めて入社した会社で、自らの無価値感・無力感に絶望したことをきっかけに心理学に興味を持ち始める。 その後精神的につぶれてしまい、その会社を退職。 自分は社会不適合者であると、自分を責める日々をしばらく送ることになる。 2017年2月から立花岳志・大塚あやこ夫妻が主催する、ツナゲル・ライフ・インテグレーション(TLI)講座を受講。 これまでの生きづらさ、これからの生き方について学びを深める。 同年6月、岡部明美・立花岳志・大塚あやこのトリプル講師陣による3days湘南ワークショップに参加。 これらの学びの中で、心のことに携わる活動をしていきたいと思うようになる。 現在、心理カウンセラー・ブロガーとしてブログ「アビスの果てに」にて心のこと、思うこと、グルメ情報などを発信しながら、心のことに関わる活動の準備を進めている。