どうやら自分は「何でもただで手に入るべき」と思っていたようだ。

こんばんは、ヒダカです。

今日、自分の中で衝撃的な発見がありました。

それは「何でもただで手に入るべきだ」という思い込みが自分の中にあったということ。

 

僕はお金が払うときに「お金を奪われる」というような気持ちになることに気づいていました。

それはサービスや価値を受け取っているにもかかわらずです。

 

そういうふうに思ってしまう自分が嫌だったし、なんとか変えようとしてきました。

お金を払うときに感謝しようと思っても、「お金を損してしまう」「払いたくない」という気持ちがどうしても出てきてしまうことに悩んでいました。

 

今日もそのことについて考えていたときに、フッと言葉が降ってきました。

 

「欲しいものはただで手に入るべきだ」

 

この言葉が自分の中に降りてきたとき、自分の中に衝撃が走りました。

そして、「これだ!」と思いました。

 

「欲しいものはただで手に入るべき」というのは、子供の頃からの価値観だと考えています。

 

僕は子供の頃から、欲しいものはある程度買ってもらっていました。

自分の希望はある程度叶えられていました。

 

本当はそこには親が仕事をして稼いだお金が支払われていたのですが、僕はその事に気が付かず欲しいものが手に入るのは当然だと思っていました。

 

この価値観が大人になった今でも残っていたために、「お金を払う」という行為に納得することができていなかったのだと思います。

 

本来、なにか欲しいものがあるならば、代わりになにか別の価値を提供して、等価交換するのが原則です。

そのことがやっと腑に落ちました。

 

お金を得たかったら価値を提供する。

これからはきちんと意識していきたいと思います。

 

 

ABOUTこの記事をかいた人

本名:日髙 勇太(ひだか ゆうた) 1985年2月17日生まれ。32歳。 2009年…24歳の時に初めて入社した会社で、自らの無価値感・無力感に絶望したことをきっかけに心理学に興味を持ち始める。 その後精神的につぶれてしまい、その会社を退職。 自分は社会不適合者であると、自分を責める日々をしばらく送ることになる。 2017年2月から立花岳志・大塚あやこ夫妻が主催する、ツナゲル・ライフ・インテグレーション(TLI)講座を受講。 これまでの生きづらさ、これからの生き方について学びを深める。 同年6月、岡部明美・立花岳志・大塚あやこのトリプル講師陣による3days湘南ワークショップに参加。 これらの学びの中で、心のことに携わる活動をしていきたいと思うようになる。 現在、心理カウンセラー・ブロガーとしてブログ「アビスの果てに」にて心のこと、思うこと、グルメ情報などを発信しながら、心のことに関わる活動の準備を進めている。