自分の中には与えられるものがないという感覚

僕は長年、「自分の中には人に与えられるようなものはなにもない」という感覚を抱えながら生きてきた。

それはつまり、「自分の中には愛がない」という感覚であったということに昨日気がついた。


自分には愛がないから、人に与えるようなものはなにも持っていない。

自分には愛がないから人からもらわなくてはいけない。

自分には愛がないけど、人に与える「ふり」をすれば人から与えてもらえるかもしれない。

そんな感覚がずっと僕の中にあった。

でもその感覚は誤りであった。

自分の中にも愛は確かに存在していた。

というか、誰の中にも愛は存在するのだ。

このことに気がつけたのは、「1日5個自分を褒める習慣」を始めたからかもしれない。

そこで記録したことは紛れもなく、自分の中に愛がある証であった。

  • 朝きちんと出社する。
  • 挨拶をする。
  • 仕事を1日やり遂げる。

もちろん自分のためという側面もあるが、これらの行動には誰かに対する愛情という側面もあるはずだ。

自分の中にも愛があると分かれば、今度はそれを人と分かち合おうという気持ちも出てきた気がする。

今後の行動がどう変わっていくのか、それともまだすぐには変わらないのか、少し怖さもあり楽しみでもある。

ABOUTこの記事をかいた人

本名:日髙 勇太(ひだか ゆうた) 1985年2月17日生まれ。32歳。 2009年…24歳の時に初めて入社した会社で、自らの無価値感・無力感に絶望したことをきっかけに心理学に興味を持ち始める。 その後精神的につぶれてしまい、その会社を退職。 自分は社会不適合者であると、自分を責める日々をしばらく送ることになる。 2017年2月から立花岳志・大塚あやこ夫妻が主催する、ツナゲル・ライフ・インテグレーション(TLI)講座を受講。 これまでの生きづらさ、これからの生き方について学びを深める。 同年6月、岡部明美・立花岳志・大塚あやこのトリプル講師陣による3days湘南ワークショップに参加。 これらの学びの中で、心のことに携わる活動をしていきたいと思うようになる。 現在、心理カウンセラー・ブロガーとしてブログ「アビスの果てに」にて心のこと、思うこと、グルメ情報などを発信しながら、心のことに関わる活動の準備を進めている。