自分には問題がある、という感覚

僕は長い間、「自分には問題がある」という感覚を抱えながら生きてきた。

今日はこの感覚について書いてみたい。

 

問題がある、と言う風に見られているという感覚

この「自分には問題がある」という感覚は、厳密に言うと「自分は人から見ると問題があると評価される人間だ」と言うもののような気がする。
「自分は問題を抱えている」という主体的な感覚ではなく、「自分では気付いていないけど、人から見たらきっと自分には問題があるんだ」という人からの評価を怖れている感覚だ。

この感覚は、親との関係によって育まれたものなのかな?と思っている。

僕の母親は、僕に対して過保護で過干渉になりがちであった。
自分の人生に干渉されることによって、人は無力感を感じるものだ。
自分には問題があるから、人は自分に口を出したくなるんだ。
そんな信念を形成していくのだと思われる。

 

「大丈夫」な自分を目指してきた

「自分には問題がある」という感覚を抱えながら生きていると、目指すのは「大丈夫」な自分ということになる。

自分はマイナスだから、ゼロにならなければいけない。
そんな感覚を抱えながらずっと生きてきた。

どうしたら「大丈夫」な自分になれるのか?
問題のある自分では周りに迷惑をかけるから、問題ない自分に早くならなくてはいけない。
「大丈夫」な自分になれたら何もかもうまくいくに違いない。

 

問題があっても欠陥があっても大丈夫

でもある時気がついた。
「自分には問題がある」という思考そのものに自分は苦しんでいるのではないか?と。

「自分に問題がある」ということそのものが問題なのではなく、「自分には問題があるから問題だ」という感覚が問題だったのだ。

僕は親から干渉された時、叱られた時、批難された時、自分には問題がある、という感覚を強めていった。
でもそれは、あくまでも親から見れば、親の価値観から見ると問題だっただけで、自分自身に問題があるということとは結びつける必要はなかったのだ。

なにも自分には問題がない、と言いたいわけではない。
足りない部分や至らない部分、満足できない部分はたくさんある。
でもそれはただ、「自分が問題を抱えている」だけで、「自分に問題がある」わけではないのだ。
このニュアンスの違いが伝わるだろうか?

自分に問題があるかどうかを決めるのは自分自身。
他の何者にもそこを決めさせてはならない。
自分の価値を他人に決めさせるな。

自分に誇りを持って生きていきたいと思った次第である。

 

ABOUTこの記事をかいた人

本名:日髙 勇太(ひだか ゆうた) 1985年2月17日生まれ。32歳。 2009年…24歳の時に初めて入社した会社で、自らの無価値感・無力感に絶望したことをきっかけに心理学に興味を持ち始める。 その後精神的につぶれてしまい、その会社を退職。 自分は社会不適合者であると、自分を責める日々をしばらく送ることになる。 2017年2月から立花岳志・大塚あやこ夫妻が主催する、ツナゲル・ライフ・インテグレーション(TLI)講座を受講。 これまでの生きづらさ、これからの生き方について学びを深める。 同年6月、岡部明美・立花岳志・大塚あやこのトリプル講師陣による3days湘南ワークショップに参加。 これらの学びの中で、心のことに携わる活動をしていきたいと思うようになる。 現在、心理カウンセラー・ブロガーとしてブログ「アビスの果てに」にて心のこと、思うこと、グルメ情報などを発信しながら、心のことに関わる活動の準備を進めている。