感性で生きるということ

感性で生きるということ。

それは聞こえない声を聞く。

ということだと僕は思っています。

 

感性の声は聞こえない

感性は自分の中にいる子供のままの自分です。

感性は色々と自分の欲求を伝えてきますが、その声は僕達には聞こえません。

その代わりに、体感覚に訴えてきます。

 

嫌だーって言ってる時は、胸のあたりが苦しくなる。

うれしい時は体が軽くなります。

 

感性は声を発することが出来ない代わりに、体に直接訴えかけてくるのです。

 

どこで感じるかはエニアグラムタイプによっても変わるみたいです。

僕はタイプ4のフィーリングタイプなので、胸で感じることが多いです。

他には肚で感じるタイプ、頭・思考の部分で感じるタイプがいるようです。

 

 

体感覚に意識を向ける

今、自分の体の感覚に意識を向けると、今、感性がどんな声を発しているか段々とわかってきます。

ああ、今は苦しいと言ってるんだな。

ああ、今は楽しいと言ってるんだな。

という風に。

 

聞こえない声を聞くということは、体感覚を感じるということ。

今自分の感性がどんなことを感じているのか。

今子供のままの自分がどんなことを感じているのか。

体感覚に意識を向けるということはその声に耳をそっとすませるということです。

 

 

ABOUTこの記事をかいた人

本名:日髙 勇太(ひだか ゆうた) 1985年2月17日生まれ。32歳。 2009年…24歳の時に初めて入社した会社で、自らの無価値感・無力感に絶望したことをきっかけに心理学に興味を持ち始める。 その後精神的につぶれてしまい、その会社を退職。 自分は社会不適合者であると、自分を責める日々をしばらく送ることになる。 2017年2月から立花岳志・大塚あやこ夫妻が主催する、ツナゲル・ライフ・インテグレーション(TLI)講座を受講。 これまでの生きづらさ、これからの生き方について学びを深める。 同年6月、岡部明美・立花岳志・大塚あやこのトリプル講師陣による3days湘南ワークショップに参加。 これらの学びの中で、心のことに携わる活動をしていきたいと思うようになる。 現在、心理カウンセラー・ブロガーとしてブログ「アビスの果てに」にて心のこと、思うこと、グルメ情報などを発信しながら、心のことに関わる活動の準備を進めている。