罪悪感は感じなくするものではなく手放すもの

今日フェイスブックに流れてきたある方の投稿を見て浮かんだ言葉。

罪悪感は感じる必要がないのではなく、手放すもの。


最近罪悪感はいらないとか、必要がないという言葉を聞くことが多くなってきたと思います。

確かにそれはそのとおりなのだと思います。

でもそれは、罪悪感をなかったことに、感じないようにすることではないと僕は思うのです。

罪悪感を感じるのにもなにか理由がある。

心の奥でなにか反応するものがあるから、罪悪感を感じるのだと思います。

それをなかったことに、感じないようにしてしまうと、自分の一部を抑圧、否定することに繋がります。

自分の一部を否定したり抑圧したりしたぶん、本当の自分から離れてしまいます。

本当の自分を生きてない感覚に苛まれる。

大切なのは、感じないようにするのではなく、罪悪感を感じるのも自分の一部だと認めて、その大元を探ってみることなのだと思います。

そうした上で、もう自分には必要ないと思えば手放していく。

そのプロセスを踏んではじめて、罪悪感をはじめ、恐れなどの感情を手放せるのだと思います。

時として心地良い感情だけを求めてしまいがちですが、どんな感情も自分の一部だと認めることが、本当の自分を生きることにつながる、そう信じています。

ABOUTこの記事をかいた人

本名:日髙 勇太(ひだか ゆうた) 1985年2月17日生まれ。32歳。 2009年…24歳の時に初めて入社した会社で、自らの無価値感・無力感に絶望したことをきっかけに心理学に興味を持ち始める。 その後精神的につぶれてしまい、その会社を退職。 自分は社会不適合者であると、自分を責める日々をしばらく送ることになる。 2017年2月から立花岳志・大塚あやこ夫妻が主催する、ツナゲル・ライフ・インテグレーション(TLI)講座を受講。 これまでの生きづらさ、これからの生き方について学びを深める。 同年6月、岡部明美・立花岳志・大塚あやこのトリプル講師陣による3days湘南ワークショップに参加。 これらの学びの中で、心のことに携わる活動をしていきたいと思うようになる。 現在、心理カウンセラー・ブロガーとしてブログ「アビスの果てに」にて心のこと、思うこと、グルメ情報などを発信しながら、心のことに関わる活動の準備を進めている。