「幸せ」「愛されること」への執着

こんにちは、ヒダカです。

先日、ある気付きがありました。

それは、自分は幸せになってはいけない、幸せになる価値が自分にはない、と言うものでした。

 

親の価値観から外れることへの罪悪感

僕は24歳の時に仕事がうまく行かず、このままの生き方じゃダメだ!と心の探求をはじめました。

そうして色々なことを学んでいく内に、親から引き継いだ価値観、これまで生きてきた価値観が時代に合わなくなってきていて苦しいんだということに漠然と気付くようになってきました。

 

でも自分の価値観を変えようと様々なことを実践してきましたが、どこかで強烈なブレーキがかかっていることを感じていました。

 

それは親から引き継いだ価値観の道から外れることへの罪悪感、恐怖感があるからです。

親の価値観を否定したら親が悲しむ。

親の価値観から外れて自分の道を歩きだしたら、愛してもらえなくなる。

そういった罪悪感や恐怖が自分の行きたい道へ行くことにブレーキをかけていました。

 

不幸だと思っていた現実は実は幸せだった

これまで悔しい思いや悲しい思い、惨めな思いをたくさんしてきました。

生き方を変えれば幸せになれる、そんな思いをせずに済む、そういうモチベーションで心の探求をしていました。

でもそれこそが大きな勘違いであるということにやっと気づきました。

 

色々納得出来ないことはこれまであったけど、だからといってそれがあるから幸せじゃないということの原因にはならない。

苦しかったけど、あれはあれで幸せだった。

あれはあれで自分には幸せになる価値も愛される価値もあった。

そう思うことで、「幸せへの執着」「愛されることへの執着」を手放せたような気がします。

 

親の価値観で生きても自分の価値観で生きても愛される価値が自分にはある

どんな自分であっても愛される価値、幸せになる価値が自分にはある。

それは永久に変わらない。

自分のやることや環境は自分の価値に何の影響も与えない。

 

そう思えたことで、自分のほんとうの欲求がだんだんと見えてきました。

愛されるために何かをする必要はない。

幸せになるために何かをする必要はない。

ただ、自分の心が喜ぶことをする。

 

これからはもう少しシンプルに生きていけそうです。

 

 

ABOUTこの記事をかいた人

本名:日髙 勇太(ひだか ゆうた) 1985年2月17日生まれ。32歳。 2009年…24歳の時に初めて入社した会社で、自らの無価値感・無力感に絶望したことをきっかけに心理学に興味を持ち始める。 その後精神的につぶれてしまい、その会社を退職。 自分は社会不適合者であると、自分を責める日々をしばらく送ることになる。 2017年2月から立花岳志・大塚あやこ夫妻が主催する、ツナゲル・ライフ・インテグレーション(TLI)講座を受講。 これまでの生きづらさ、これからの生き方について学びを深める。 同年6月、岡部明美・立花岳志・大塚あやこのトリプル講師陣による3days湘南ワークショップに参加。 これらの学びの中で、心のことに携わる活動をしていきたいと思うようになる。 現在、心理カウンセラー・ブロガーとしてブログ「アビスの果てに」にて心のこと、思うこと、グルメ情報などを発信しながら、心のことに関わる活動の準備を進めている。