「できない」自分でいた方がメリットがある?

自分にとってはどうやら「出来ない」自分であったほうがメリットがあるようだ。

頭では「出来る」自分でありたいと思いながら、心の奥の方では「出来る」自分になることを拒否している。そんな感じだ。

 

自分がどうやらこのように感じていると気がついたのは、今年の6月に湘南3daysワークショップに参加した時のことだった。

 

ワークショップ2日目に講師の一人である、大塚あやこさんのライブセッションを受ける機会をいただいた。

その時に、自分は頭では「できる」ことを望んでいながら心では「出来ない」自分でありたい、という矛盾した想いを自分の中に抱えていることに気がついた。

 

「出来ない」自分であることを望んでいることの理由のひとつに、「父親を一人にしない」というものがあった。

僕は父親に対して可哀想で弱い人間であるという思い込みを持っていた。

「出来る」自分になってしまったら、父親を見捨てて自分の人生を生きることになるかもしれない。

そんな思いが一人の人間として自立していくことの妨げになっていることに気が付きました。

 

湘南ワークショップから約5ヶ月が経ち、今僕は実家を離れて名古屋に住んでいる。

(といっても彼女のマンションに転がり込んでる形だが)

親元を離れることは出来たが、まだこの「出来ない」自分でありたい、という想いは根深く残っているように思う。

 

「出来る」自分になったらどんな困ることがあるのか?

「出来ない」自分であることでどんなメリットがあるのか?

 

これからももっと探求していきたいと思います。

 

 

ABOUTこの記事をかいた人

本名:日髙 勇太(ひだか ゆうた) 1985年2月17日生まれ。32歳。 2009年…24歳の時に初めて入社した会社で、自らの無価値感・無力感に絶望したことをきっかけに心理学に興味を持ち始める。 その後精神的につぶれてしまい、その会社を退職。 自分は社会不適合者であると、自分を責める日々をしばらく送ることになる。 2017年2月から立花岳志・大塚あやこ夫妻が主催する、ツナゲル・ライフ・インテグレーション(TLI)講座を受講。 これまでの生きづらさ、これからの生き方について学びを深める。 同年6月、岡部明美・立花岳志・大塚あやこのトリプル講師陣による3days湘南ワークショップに参加。 これらの学びの中で、心のことに携わる活動をしていきたいと思うようになる。 現在、心理カウンセラー・ブロガーとしてブログ「アビスの果てに」にて心のこと、思うこと、グルメ情報などを発信しながら、心のことに関わる活動の準備を進めている。