目に入るものは自分のフィルターを通っている

自分の目に飛び込んでくるものは全部自分のフィルターというか、解釈を通して見えています。

「おいしそうな」ケーキや、「うっとおしい」雨。

「かわいい」猫や、「嫌いな」あの人。


本来ケーキには「おいしそう」という意味はありません。

「おいしそう」という意味をつけているのは自分です。

本来どんなものもただそこにあるだけで、なんの意味も価値もない。

ただそこに勝手に僕たちが意味や価値をつけているだけなんです。

そして体験についても同じことが言える。

「辛い」という意味を体験につけているのは自分だし、「腹がたつ」という意味をつけているのも自分です。

ここに気づくことができるだけで、自分と一体化した感情がペリペリっと少しだけ剥がれて、感情を客観視しやすくなります。

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ABOUTこの記事をかいた人

本名:日髙 勇太(ひだか ゆうた) 1985年2月17日生まれ。32歳。 2009年…24歳の時に初めて入社した会社で、自らの無価値感・無力感に絶望したことをきっかけに心理学に興味を持ち始める。 その後精神的につぶれてしまい、その会社を退職。 自分は社会不適合者であると、自分を責める日々をしばらく送ることになる。 2017年2月から立花岳志・大塚あやこ夫妻が主催する、ツナゲル・ライフ・インテグレーション(TLI)講座を受講。 これまでの生きづらさ、これからの生き方について学びを深める。 同年6月、岡部明美・立花岳志・大塚あやこのトリプル講師陣による3days湘南ワークショップに参加。 これらの学びの中で、心のことに携わる活動をしていきたいと思うようになる。 現在、心理カウンセラー・ブロガーとしてブログ「アビスの果てに」にて心のこと、思うこと、グルメ情報などを発信しながら、心のことに関わる活動の準備を進めている。