心の探求ばかりで体のケアが疎かになっていたことに気がついた

僕は24歳で社会に出てから仕事や対人関係で悩むようになり、それから心の探求をはじめました。

それから数えると約8年間、色々な方の本やブログを読んだり、またセミナーやワークショップなどに参加して心のあり方についてはかなり整ってきたんじゃないかな?と思っています。

 

中々変わらない現実

思考や価値観は変わってきた感覚はあるのですが、目の前の現実が変わった、自分が変わったという実感が中々持てずにいました。

具体的に言うと、基本的に苦しいという状況が中々打破できずにいるのです。

 

もちろん客観的に見たら僕の人生はこの8年間でだいぶ変わっていると思います。

素晴らしい仲間が出来たし、色々な学びの場にも参加しているし、ブログを始めたり、心理カウンセラーとして活動していくことを宣言したり・・・その他もろもろ。

でもなんかずっと苦しい。

自分はやっぱりここが限界なんじゃないか?と思ったりしていました。

 

自分自身に対してお金・時間・手間をかけることに許可が出ていなかった

先日、人と話していて気付いたことがありました。

それは、「自分にはお金・時間・手間をかける価値のない人間だ」という思い込みがあったことです。

自分にお金・時間・手間をかけることに罪悪感があることに気が付きました。

 

つまり、これまで学んだことを思い切って実行することに対してOKが出ていませんでした。

 

これまで学びの場に参加することや、自分の好きなものにお金を使う、などは自分なりに実践していました。

でもそれは、外的な要因によって自分の価値をあげてもらおう。

自分には価値がないから何かを足さなければいけない、という思考だったように思います。

自分自身ではなくて、外的要因にコミットしていた。

それが今までの自分だったように思います。

 

好きな服を着ていれば自分の価値があがるかもしれない。

学びの場に参加すれば、自分も引き上げてもらえるかもしれない。

そんなことを潜在意識で考えていました。

 

自分に手間暇をかけてもいい

このことに気がついた時、僕はこれまで「自分自身」をすごく粗末に扱ってきたのだなと思いました。

お風呂に入るのも時間や手間がかかるので好きじゃなかったし、ものすごく面倒に感じていた。

食事に気を使うのもお金やメニューを考える労力がかかるのでずっと避けてきた。

虫歯が出来てもお金や時間がかかるので歯医者に行かなかった。

体が疲れやすくても運動や疲労回復の方法などを試したりしなかった。

 

どれも「自分にはお金・時間・労力をかける価値なんてない」という思い込みがあったからでした。

こんな思い込みがあったら、自分のために行動なんて出来ないよなー。

とても自分自身救われた気付きでした。

 

自分の体へのアプローチ

これからは心の探求ばかりではなくて、自分の体のケアもしていきたいなと思います。

疲れにくい体を作るために食事にも気を使ってあげたいし、体力をつけるために少しずつ運動も始めたいと思っています。

今日お風呂にもゆっくり入って、自分の体を丁寧に洗ってみました。

自分を大切にするということは、その行動自体が心地良いものだなと感じました。

 

心が変わっても現実を変えていくには行動が必要です。

そのためには健康な体が必要です。

 

体に対するアプローチを面倒に思う裏には「自分には手間暇をかける価値はない」という思い込みがありました。

この思い込みが強烈なブレーキになっていました。

 

これからは自分の体も心もしっかりと大切にして、毎日を出来る限り丁寧に生きていきたいと思います。

 

 

ABOUTこの記事をかいた人

本名:日髙 勇太(ひだか ゆうた) 1985年2月17日生まれ。32歳。 2009年…24歳の時に初めて入社した会社で、自らの無価値感・無力感に絶望したことをきっかけに心理学に興味を持ち始める。 その後精神的につぶれてしまい、その会社を退職。 自分は社会不適合者であると、自分を責める日々をしばらく送ることになる。 2017年2月から立花岳志・大塚あやこ夫妻が主催する、ツナゲル・ライフ・インテグレーション(TLI)講座を受講。 これまでの生きづらさ、これからの生き方について学びを深める。 同年6月、岡部明美・立花岳志・大塚あやこのトリプル講師陣による3days湘南ワークショップに参加。 これらの学びの中で、心のことに携わる活動をしていきたいと思うようになる。 現在、心理カウンセラー・ブロガーとしてブログ「アビスの果てに」にて心のこと、思うこと、グルメ情報などを発信しながら、心のことに関わる活動の準備を進めている。